「 迷走のオバマ外交と日本の選択 」
『週刊新潮』 2009年4月23日号
日本ルネッサンス 第359回
オバマ政権の外交政策が迷走中だ。北朝鮮がテポドン弾道ミサイルを発射した5日、大統領は直ちに国際社会のルールを破った北朝鮮について、「違反は処罰されなければならない。強力な国際社会の対応が必要だ」と述べて、強く非難した。
日本も同様に厳しい対処を主張し、国連安全保障理事会での決議の採択を目指した。「決議」はすべての国連加盟国に履行を義務づける法的拘束力をもち、実効性が高い。
当初米国は、オバマ大統領の強い非難の言葉からも窺えるように、日本と同一歩調をとっていた。ところがわずか数日間で、同大統領は態度を変えたのだ。日本ではなく中国と足並みをそろえて、法的拘束力のない議長声明の採択へと、後退した。
日本は完全に“梯子を外された”わけだ。それにしても朝令暮改に近い方針転換は、2つのことを示している。オバマ大統領の外交政策が、未だ、基本路線においてさえ固まっていないこと、中国への配慮、もしくは気兼ねが並々ならないことである。
米大統領の外交政策の大きなブレは、米国がアジア外交で日中のどちらに重点を置くかに直結する。北朝鮮への制裁緩和、増大化路線を取り続ける中国の軍事力の分析と評価、米国自身の軍事力に関する政策などは、米国が中国脅威論から脱却しつつあることを示している。
大統領は今月5日、プラハでの演説で、はからずも、安全保障政策の自らの基本理念を世界に発表した。
「私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する」
「米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る」
大統領は、他国にも同じ行動をとるよう要請し、さらに述べた。
「核兵器が存在する限り、敵を抑止するための、安全で、厳重に管理され、効果的な核戦力を維持する。そしてチェコを含む同盟国に対し、その戦力による防衛を保証する。一方で、米国の核戦力を削減する努力を始める」
米国歴代政権の安全保障政策とは大きく異なる考えだ。米国に超大国の座を担保する軍事力に関して、核廃絶を目指すと言明した大統領は、オバマ氏が初めてである。
日本の苦しい立場
大統領と呼応する形で、ゲーツ国防長官も6日、軍事装備編成の方針転換を発表した。中国やロシアなどを潜在的脅威としてきた従来の編成とは対照的に、アフガニスタンにおける戦いのように非従来型の脅威、テロリズムに備えるよう編成し直すという。同長官はまた、2010年度の軍事費を5,340億ドル(約53兆4,000億円)、前年度比で4%増やすことを発表したが一方で、武器装備調達計画の大幅見直しも明らかにした。
見直しのひとつが最新鋭のステルス戦闘機、F22の生産中止である。F22を、現在の計画の183機から4機増やして187機とするかわりに、それを以て生産を終了するというのだ。
米空軍は同機、250機が必要と主張してきた。生産中止は、安全保障上、また、44州で2万5,000人が生産に関わっているという雇用政策上からも、反対論は根強い。紆余曲折は予想されるが、ゲーツ提案は、なによりも日本の安全保障に深刻な影響を及ぼすだろう。
1機140億円といわれるF22は、日本の次期主力戦闘機(FX)の有力候補で、日本はF22を調達、つまり輸入したい旨、再三、米国に要請してきた。
次期主力戦闘機は、中国の第4世代や4・5世代戦闘機の脅威にも対処するものだ。中国は、ロシアから輸入した最新鋭戦闘機スホーイ27(SU27)をはじめSU30や、国産のJ-10などをもつ。日本には、それらに対応する機種がない。にもかかわらず、米国は日本には売却せず、生産も中止する。F22に替わる第5世代戦闘機の開発計画も示していない。日本は、早急に次期主力戦闘機の選定見直しに入らなければならないが、苦しい立場である。
ゲーツ長官は、さらにミサイル防衛(MD)構築への支出を約1,400億円削減することも明らかにした。一方、米国はすでに空母を減らしつつある。12隻から11隻体制へ、さらにもう1隻削って10隻体制にする予定だ。
但し、その場合でも、米国の海軍力が並外れているのは事実である。米国の二桁の数の空母は、いずれも基準排水量がほぼ8万トン以上。対して、ロシア保有の1隻は、5万8,500トン、英国の3隻、フランス、イタリア、スペイン、インド、タイ、ブラジルが各々1隻ずつ保有する空母は米空母よりはるかに小型である。
米国の超大国としての地位に変わりはないが、空母3隻の建造計画を表明した中国の軍事政策を念頭におくとき、米国の安全保障政策の方針転換に危惧を抱くのも、たしかである。
米中接近の切実な脅威
一方、中国も、武器装備の調達方針を変えつつある。但し、その方向は米国の方針転換とは逆方向だ。これまでロシアから完成兵器を輸入していたのをやめて、技術導入に主力を置くというのだ。
中国が輸入する武器、装備の90%はロシア製だが、これからは、中国は技術導入を進め、自国での兵器開発と生産を主力とする方針だ。スホーイ27や30はすでに中国でライセンス生産されているが、スホーイ35や他の最新鋭武器装備の自力生産を強化する考えだ。
正反対を目指す米国と中国。私はつい、カーター元大統領の過ちを連想する。1977年に大統領に就任するや、氏は“善意”と“無知”を発揮し、世界を軍縮に導くには、米国が率先垂範すればよいと考えた。旧ソ連との緊張緩和を目指し、SALTⅡに調印して、米国の軍事費を削減乃至は横ばいにとどめた。
ブレジネフは、ここぞとばかりに軍拡に走り、カーター政権の4年間で、それまでの米国の軍事的優位に替わって、両国の軍事力の均衡(パリティ)が実現した。
オバマ大統領はいま、中国との関係で、同様の間違いを犯そうとしてはいないか。無論、米国と覇を競った当時のソ連は、現在の中国より優れた軍事技術とはるかに強大な軍事力を有していた。両者の軍事力を同列に考えるのは誤りであろう。それでも、両国に対する米国の政策の誤りは、基本的に似ているのではないか。善意と理想に基づく軍事力軽視が、結果として、世界に軍事的緊張とより大きな脅威をもたらすことにならないか。
日本にとっては、米ソ間の緊張よりも、米中間の接近ははるかに切実な脅威となる。日本が、日米同盟の維持に努めながらも、安全保障及び外交において、真の自立を目指さなければならないゆえんだ。